OGが『ザ・インターナショナル2018(TI8)』を制した過程では、ゲームの歴史に残るビッグプレーが連発された。

 アッパーブラケット決勝のイーヴル・ジーニアスズ戦のゲーム3の逆転劇や、グランドファイナルズのPSG.LGD戦の「Ceeeeeeeb!」でお馴染みのビッグプレーなど、この大会のOGは数々の伝説的なプレーをみせた。

 そのなかに一つ、ほとんどの者が気にも留めなかったものの、OGの優勝にとって欠かせないビッグプレーがあった。

 そのプレーがなければ、OGはグランドファイナルズで勝利していなかっただろう。

 そのプレーがなければ、Eスポーツ史上最大のシンデレラ物語は完結しなかっただろう。

 そのプレーがなければ、翌年の史上初の2年連続イージス・オブ・チャンピオンズ獲得もなかっただろう。

 誰もそのプレーを覚えていないことには理由がある。ビッグプレーはいつも“5マン・ブラックホール”や“5マン・エコースラム”というわけではない。時に、試合を決定づけるプレーというのは、何気ない“些細なプレー”な場合もあるのである。

 これはDota2史上“最少”のビッグプレーを巡る物語だ。


 この場面では何が起きたのだろうか?その前に前後の背景について語る必要があるだろう。

ザ・インターナショナル2018:バンクーバー(カナダ)/2018年8月26日

 グランドファイナルズ・ゲーム4の39分、OGはトラブルに陥っていた。1-2とPSG.LGDにリードされ、シリーズ王手をかけられていた上、この試合でもマップを支配され、7000ゴールドのビハインドを負っていたのだ。

 こうしたなか、OGのキャリー、アナサン・“ana”・ファムのファントム・ランサーはファームで両チームを通してトップに立っていたが、PSG.LGDのキャリー・デュオ、ワン・“Ame”・チュンユのモーフィリングとル・“Somnus丶M”・ヤオのブラッドシーカーがすぐ後ろにつけていた。

 PSG.LGDがマップをコントロールするなか、OGにとってベース外でファームができそうなのはanaのファントム・ランサーだけであり、あくまで「できそう」というだけだった。実際にベース外でファームを試みると、PSG.LGDの5人のヒーローにガンクされ、キルされてしまう。しかし、このanaがキルされる寸前に行ったことこそが、件の「史上最少のビッグプレー」なのである。

 キルを覚悟したanaは、せめてバイバックの可能性を残すために、ダイア・シークレット・ショップの前にあるバウンティー・ルーンのスポーン・エリアに直行する。そしてスポーンしてバウンティー・ルーンを拾えるように、それもシュ・“fy”・リンセンのタスクに横取りされないという絶妙なタイミングで、アビリティ「ドッペルゲンガー」を繰り出した。さらにanaは死の間際にもバックパック内の2つのアイテム、「タリスマン・オブ・イベイジョン」と「リング・オブ・バシリウス」を売り払うことに成功した。

 これによって、anaは後々バイバックするためのゴールドを確保してみせたのだ。

 大したプレーには見えなかったが、anaはこれを相手チーム全員にガンクされているなか、ほんの数秒間でやってのけたのだ。5人にガンクされてしまった場合、逃れる術はないため、普通の選手なら諦めてマウスとキーボードから手を放してしまうだろう。

 さらにその瞬間anaにかかっていたプレッシャーも想像を絶するものだった。

 彼は数千人の大観衆の前でプレーしていたのであり、さらにオンラインでは数百万人が観戦していた。おまけに賞金1100万ドルがかかっている状況だったのだ。

 さらにそれは負ければ終わりの、グランドファイナルズのゲーム4だった。

 もしここでバイバックなしでキルされてしまえば、OGは間違いなくベースの防御を失い、試合に敗れ、イージス・オブ・チャンピオンズも失っていただろう。

 しかしanaはそれを見事にやりおおせ、そのあとバイバックを使ってベースを守るために復活すると、このプレーをやってのけた。

 もしanaがバイバックなしでキルされてしまっていたら、2つのレーンを制したPSG.LGDがそのまま優勝を手にしていただろう。しかしanaはバイバックを確保し、復活するとAmeとSomnusを倒して時間を稼ぎ、OGを逆転勝利へ導いた。

 もちろん、それによって伝説の「Ceeeeeeeb!」のプレーを生み出したのだ。

 OGはこのあと最終のゲーム5でPSG.LGDを下し、イージス・オブ・チャンピオンズを掲げることになる。

 そして翌年のTI9グランドファイナルズではチーム・リキッドを下し、史上初のザ・インターナショナル連覇を成し遂げるのである。

 それもすべて、anaのプレーがなければ生まれなかった。

 だからこれが、Dota2史上“最少”のビッグプレー」なのだ。