僕はこれまで、『ストリートファイター』の競技シーンで10年間プレーしてきた。
大した期間ではないと思うかもしれないが、プレーし始めた頃のことを考えると、もう一生分の時を過ごしたんじゃないかと感じることもある。
大会に出場するために初めてシンガポールを出たのは、スウェーデンで開催された『ドリームハック・ウィンター』のときだった。2009年の12月のことだから、ちょうど10年前だね。
グランドファイナルズの映像で残っているのは、ファンが撮影してくれた、この手ブレの激しい動画だけだ。というのも、当時はまだTwitchが生まれる2年前のことだったし、LIVEストリーミング自体が一般的じゃなかったからね。
10年前、ストリートファイターを観戦するのは、会場に詰め掛けた筋金入りのファンだけだった。数人しか客がいない、がらんとした会場で試合をすることも珍しくはなかった。
このゲームのために多くの時間と努力を費やしてきたから、そういうときは、正直にいって「こんなことやってていいんだろうか?」と思わないこともなかった。
当時はプレミア級のトーナメントで優勝しても、賞金の額なんてたかが知れていた。獲得賞金で帰国便のチケットを買えればラッキーな方で、多くの場合は飛行機代に満たない金額しかもらえなかった。
もし世界一になれたとしても、それで食べていけなければ、情熱を注ぐのはとても難しいことだ。
お金も稼げないものに対して労力を費やすことを責める人もいたし、彼らの言い分が正しいと思ったこともあった。自分や家族を支えることができないものに、どうしたら情熱を捧げることなんてできるだろう?
僕は幸運にも、ユン・テク(カメラマンとしての彼を知っている人も多いかもしれない)やレン・ヤンの様に、ネットで僕の試合をみて、往復のチケット代をスポンサードする人と出会うことができた。ここまで幸運な選手はそれほどいない。
また、FGC(格闘ゲームのコミュニティ)にも感謝している。海外で試合をするとき、よく現地の人が僕に宿を提供してくれたりする。FGCは大きくはないけど、コミュニティは僕を歓迎してくれるし、いつも助けてくれる。今はプロ選手になったから、彼らがシンガポールに来るときは、ゲストとしてもてなし、地元の食事を楽しんでもらえるようにしてるんだ。
今ではストリートファイターはEスポーツとして確立されている。当時と今では待遇面で信じられないほどの差がある。
例えば2013年、EVOで優勝したので、カプコンが僕をカプコンカップに招待してくれた。その大会では、グランドファイナルズで“sako”に負けてしまった。sakoは優勝賞金6000ドルを獲得し、準優勝の僕は3000ドルを手にした。当時としてはそれでも破格の金額だった。
ところが先月行われたカプコンカップでは、グランドファイナルズでPunkを破ったiDomは賞金25万ドルを獲得した。準優勝のPunkも5万ドルを手にした。
たった6年間で、優勝賞金は40倍にも膨れ上がったことになる。
25万ドルは多くの人にとって、人生を変えてしまえるくらいのお金だ。スポンサーがいないiDomの様な男があれだけの賞金を手にできたのだから、ストリートファイターはようやく情熱をかけるに値する競技になったのだと言える。彼の様に一攫千金を手にするチャンスがあるのだから。
もちろん、きつい面もある。大会はかつてないほどハイレベルになっている。当時は大会に出ても顔なじみしかいなかったけど、今ではトップ32に到達するだけでも至難の業だ。大会のレベルは高く、勝つのは非常に難しい。
今年はもっと厳しい戦いになることが予想される。カプコン・プロツアーの規定変更により、大会は去年よりも少なくなった。つまり選手たちはトーナメントの間に技術や戦術を磨く時間をより多くもてるようになったんだ。
過去のCPTの大会は、毎週、或いは隔週で開催されていたため、選手たちは練習する時間が取れず、新しい戦い方がお披露目されることもなかった。僕は自由になった時間を使って新しい戦術について研究するだろうし、他の選手たちもそうするはずだ。
また、新しい道場大会によって、スポンサーのいない選手たちがカプコンカップへ出場するチャンスが大きく増えるだろう。かつては移動費を払ってくれるスポンサーさえいれば、ポイントを稼いでカプコンカップに出場できたが、それはフェアな戦い方とはいえなかった。
今季はまだ名前も知られていないような選手が各大会で優勝し、カプコンカップへの出場権を手にしたとしても、僕は驚かないだろう。
おそらく年末のカプコンカップには多士済々の顔ぶれが揃うだろうし、僕はそれを楽しみにしている。
個人的には、今年のトップ8はそれぞれ別の国の選手であってほしいね。いつもと同じ面子になるより絶対に面白いはずだよ。